「チャンス」はいつも「チャンス」の装いではやってこない

感情の取り扱い事例
【現実とはそういうもの】

講座後、ある程度時間が経ってから、
あぁ…やられたー!!!」と振り返ることがある。

例えば、
講師(私)に反抗的な態度を取る相手(受講生)に一生懸命になってみたり、
わかった風を演じる受講生に、理解したのだろうホッとして話題を変えてみたりして、
受講生の本意ではなく、してやらたことに後から気付いた時だ。

今回の受講生は「ものわかりのいい」受講生だった。

時間が経って講座を振り返ると、やられた感が否めない。
私が感じていることを、受講生自ら先もって口に出してきた。自分でよくわかっていて反省した態度だから、私は事実へ受講生が直面化するお手伝いの手を緩めた。

しかし、その場ではわかったはずの受講生がその後も同じようなことを繰り返した。
つまり、受講生が心から気づいている訳ではなかったことがハッキリしたことになる。
となると、受講生が判断したのは「あの場でのベストな態度」で、それは受講生の思考の癖、「相手の期待に合わせる」というものだったという流れで考えるのが自然だろう。
確かに受講生は「相手の期待に合わせる」思考の癖が強すぎて、「事実を否認すること」さえあった

あなたは現実に向き合わない癖があるね。
例えば、老化だね。自分の年齢に対して老化していくということをあなたは否認している。
年齢を増せば、衰える部分は多々ある。体力だって、見た目だって、若い頃とは残念だが変わってくる。現実とはそういうものなんだ

老化に限らず、あなたは現実を見ようとしないね。
現実を見ないために、嫌いなものでも周りが好きだと言うものを好きだと自分も言ったり、自分の言葉通りに思い込んだりする。
誰かとトラブルになることを異様に嫌うよね。嫌われることを恐れていると言った方が近いかな。今後、長くお付き合いしたい人でも、その人と同じ意見とは限らない。現実とはそういうものなんだ

もちろん、嫌われることは誰だって嫌なものだね。
だけど、自分の信念というか、自分が自分自身を請け負ったら人と意見が合わないことがあるのも自然なこと。現実とはそういうものなんだ
それに、意見が合わないことがトラブルに直結するわけでもないんだよ。

意見が合わないこととトラブルが直結しないと言ったことに受講生は驚いていた。
40を過ぎた優秀な受講生がこんなことにも気づいてなかったことは、これも現実を見ていない証でもある。
一方、意地悪な見方をすると、『人と意見が合わない=人と繋がれない、トラブルを引き起こす、嫌われる』と誤解していたことで、この場を終わらせたいと受講生は思ったのかもしれない。確かに人間関係を誤解もしていたのだろうが、もっと奥の課題にいくにはまだ受講生の気が熟してないと私には思われた。

何も現実が厳しいものばかりではない
あなたは難しい世界的なライセンスを取り、能力があることは確か。これも現実だよ。
あらゆる現実をちゃんと見なさい

受講生はうなだれていた。もし本当に受講生が、がっかりきていたなら彼は早く変わるだろう。がっかりしたというのは身に染みてわかった証だから。

「がっかり」した受講生は「チャンス」を手にしている
少なくとも私にはそう見えるし、過去の多くの受講生がそのことを証明している。
「チャンス」はいつも「チャンス」の装いではやってこないものよ。