やればいいとわかっているのに、一歩が踏み出せない時


感情の取り扱い事例
【「嫌な思いをしたくない」という生き方】

やりたいのにやれない。
やり方は十分わかっているのに、一歩が踏み出せない。
やればよくなるとわかっているけど何故だか、身体が動かない。

そういったことはある。
「仕事ではうまくやれるのに恋愛になるとフリーズしてしまう」や、
逆に「恋愛ではうまくやれるのに仕事となると止まってしまう」なども同じ。ある分野だけはなぜだか二の足を踏んでしまうことは誰にでもある。

今回の受講生は、仕事上でやればいいとわかっているのに、いや心からやりたいはずなのにどうしてもやれないことがあると言う。
私は受講生に単刀直入に尋ねた。

「痛い、嫌な思いをしたくないということね?」

……

嫌な思いは誰だって嫌だけど、
あなたには深い傷つきがあり、また同じ経験をすることを避けてるんだよね。非常に深く傷ついたことを避けている

裏を返せば「こんな思いは二度としたくない」と思うほど嫌な思いを経験したということ。きっと講座でその話題をだしてきたことそのものも受講生にとって勇気が必要だったことだろう。

普段の受講生は正直、逃げているような印象は全くない。
しかし、打たれ弱い部分があってそこを無意識的に避けている


避けて通れるならそれでいいよね。しんどいからね。
しかし、いかに嫌な思いをサバイバルするかということにチャレンジしてからでもいいんじゃないのかな。いろんな手を打ってみた後ならそれもいいけど、チャレンジする前から逃げるのはどうだろう。

トラウマから逃げるというのはいい方法だけれども、
トラウマを克服するというやりかたもある
逃げるの反対は克服だ。

克服することになぜチャレンジしないの?

この質問に受講生は完全に思考が停止してしまった。
身体が固まり、脳がシャットダウンするほど深い傷を持っていることに受講生は無自覚だった。無自覚ゆえに未処理の感情となって受講生の中に残ってしまっているのだ。

じっくりご自身を振り返ってみましょう。
何に傷ついたのか、どんな出来事があったのか、その出来事をどう解釈したのか。

受講生は頷くのが精一杯だった。

まずは傷を明るい日の元にさらすことから始めなければならない
でなければ、その傷はさらに化膿してしまう。受講生は傷に無自覚であったが、どうにかしなければといった思いをどこかで感じていて今回の話題を振ってきているのだ。

傷がいやされることをやはり無自覚に望んでいる

じっくり取り組みましょう。癒されるタイミングが来ているのです。
だからあなたは講座にいらっしゃった。勘がいいじゃない!
心配なさらなくて大丈夫。私がガイドしますから。