つい「平気なフリ」をしてしまい、嫌な気分になるとき


感情の取り扱い事例
【「平気なフリ」してでも頑張ってきた自分をなぜ認めないの?】

平気なフリ」にはふたつある。

ひとつは、覚悟が決まった「平気なフリ」
覚悟を持った平気なフリは、自分のための「フリ」じゃないことが多い。その場や誰かのためといった目的ある「フリ」なので、堂々としている。周りにも気づかれにくい。

もうひとつは、他にどうしようもなかった「平気なフリ」
これだとその人の弱さが露呈する。

例えば、押し付けられたことを振り切って断れない、自分の主張が届くまで自我を通すことができない等は、だんだんと自分を弱く虚しく感じてくる。特に、どう振る舞っていいかがわからないことを誤魔化す時、人はうっすら笑顔を浮かべてみたり、わかっているフリをしてしまう。それがさらに自分への虚しさに拍車をかける

こういった「平気なフリ」をしてしまう人はふたつの内的な問題を抱えている。
ひとつは自己尊重感が低い
もうひとつは人とどう関わっていいかわからない

セルフが育ってなく信念がないから萎縮してしまって、強く言われると、どう対処したらいいかばかりを考えてしまい、場当たり的な「フリ」をしてしまう。

「フリ」は本当の自分を偽ること。恐れている自分を誤魔化すことにエネルギーを費やす分、弱くなる。「怖いものは怖いし、弱いものは弱いんだ」と開き直れた方が実は強い

「平気なフリ」にネガティブなイメージ
受講生は小学校の頃のいじめの記憶を話してくれた。嫌なのに押し付けられ、嫌だとは伝えたものの無視され、結果、押し付けられたことを嫌々やっていたから、「平気なフリ」=「はっきり断れない自分」で、「はっきり断れない自分」=「ダメな自分」と感じていて、「平気なフリをする=ダメな自分」となっていた。

受講生は家族にも「平気なフリ」をしていたことも話してくれた。
学校でいじめられていると話したら、親が心配するんじゃないか⁈と家でも平気なフリをしていたという。

小学生くらいだと成長に差がある。断れなかったことは、断る言葉を持っていなかっただけかもしれない。子どもの頃は、自分を伝える言葉を持っていないばかりに身動きが取れなくなってしまうことは多い。

だけど、子どもの頃の受講生は親のことを思って「自力でどうにかしよう」とする強い意志をもった子どもだったということだよね。なぜ、そんな強い自分を認めないのだろう?
一体、どうなったら自分を認めれると思っているのだろう?
ひとりで考え、頑張ってしのいだ当時の自分が可哀想じゃないか

小学校の頃の話であれば既に30年以上前のことだ。過去のことは変えられない。それに、今のあなたは当時とは違う。もう十分な大人だ。内的な問題に向き合い、自己尊重感を育て、人との関係を学ぶことを鍛錬することが大切になる。


真に強くなりたいですか?

40歳の誕生日を目前に控えている受講生は「この年齢から大丈夫ですか?」と苦笑いをしていた。が、今ならまだ間に合う。身についてないなら身につけたらいいだけのこと。放っておけば、いづれトラブルとなって向き合わなくてはならない日がやってくるだろう。

トラウマから逃げることも悪くない手だけど、トラウマを克服することにチャレンジしてからでも遅くないんじゃない?
小さい頃の自分に誇れる自分になっていきましょ。力は必ず付きます!