スタバの哀しみ 〜気づけない男〜


感情の取り扱い事例
だんだんと二人に距離ができていく

求めても得れなかった時の哀しさは辛い。
哀しさを与えていることに気づけないことも辛い。
そんな空気を感じないようにしていることも辛い。

今回は講座での話ではなく、私がカフェでお茶をしていた時のこと。
その日は週末で、カフェは家族連れで賑わっていた。私は二人がけのテーブル席にいたのだけど、空いている隣の席にある家族が座った。片方の席にお父さんが座り、もう片方の席に3、4歳の息子ちゃんをお母さんが座らせた。母はたくさんの買い物袋をテーブル席の脇に置き、家族のドリンクを買いに行った。お父さんは席に座ってからずっとスマートフォンを見ている。母がドリンクを買いに行っている間、お父さんと息子に会話はない。
夫のアイスコーヒーと息子のオレンジジュースを持って戻ってきた母は私には楽しそうに思えた。スタバだから一層かな⁈気持ちが弾んでいる感じがする。ドリンクを二人に渡して自分のドリンクをテーブルの脇に立って待ちながら店内を見渡し、テーブルに持ってくる自分用の椅子を探しているようでもあった。母が自分のドリンクを取って戻ってくるとお父さんは「ここいいよ」と言って、3、4席離れた椅子に行って一人で座ってしまった。やはりスマートフォンを見ている。

母はしばし呆然と夫の方を見て立ち尽くしていたが、夫が退けた席に座ってドリンクを飲み始めた。いっときすると、美味しいね!と息子に話しかけてもいた。

奥様の年の頃は40代前半。ふっくらとされていて化粧気もなく決して洗練された風ではないが良妻賢母っといった感じ。お顔立ちから察するに、賢い女性に見えた。立場をわきまえることができ、よく気がつき、しかし決して目立たず、忍耐強い印象だ。だが、女としては自信がない。だから、勧められるままにそういうものだろうと結婚を決めた。といった風に私には見えた。

人の家族の様子を盗み見しているようで申し訳ない気持ちもあったが、この母の哀しみと息子の空白が伝わってきて何とも苦しくなってしまった。

私にはこの時の女性の声がこんな風に聞こえた。

「せっかくのお休みに家族みんなで買い物に来て、疲れたからちょっとお茶しようとスタバに入ったのに、夫はあっちに行ってしまった。家族と来ているのに息子と私の二人。これじゃいつもと変わらない。夫はスマートフォンばかりを見ている。家族を見ていない。私も見ていなければ、息子も見ていない。家族でちょっとした会話をしたかっただけなのに。私に椅子を譲った風で自分の世界に入っていってしまった。ずるい。残念だ。あぁ…疲れる。私はなぜこの人と結婚したんだろう。」

諦めたような哀しげな瞳。全身からため息が漏れていた。

息子は気づいている。お母さんの哀しさ、お父さんの気づかない風、気まずい空気。だから、息子はジュースを手にして前を見たまま、足をぶらぶらせている。何も発しない。お母さんに何と声をかけていいか分からない。どうしていいか分からないから気づかない風、固まっている風に見えた。

私は夫が気になり、夫の方に目をやると、やはりアイスコーヒー片手にスマートフォンを見ている。彼だけはずっと変わらない。気づけていない。

二人には大きなギャップがある
男と女の典型的なすれ違いのパターンだ。
男と女では重視するものが違う。女は親密な関係やつながりといった関係性を重視するのだが、男は成果や結果を重視する

成果や結果を何に求めるかは個々の男性によるのだろうが、この夫が例えば仕事の昇進や収入アップを成果や結果としているとしたら、休日に家族が好きなものを自由に買うことができる収入を得ている自分に満足をしていて、そんな自分に妻も満足していると思い込んでいる。夫の世話をいそいそと焼いてくれている妻が自分に不満を持っているなんて考えもしない

座ってドリンクを飲んでいる間に母は決めたんじゃないのかな。

もう求めない。期待したら辛いだけ。こういう人なんだ。そういう人を選んだのは自分だ。もういいじゃないか。子どももいる。夫も悪い人じゃない。一生懸命働いてくれるし、真面目だし、よくやってくれている。たくさん求めても仕方ない。これでいい。充分だ。不平不満を並べても何も変わらない。」

家族は5分もいただろうか。子どもがジュースを飲み終わる頃には妻は気持ちを切り替え、不満そうなそぶりも見せず「そろそろ行こうか!」と笑顔で夫に声をかけた。妻は今までも上記のように乗り越えてきているように感じた。夫は妻の声にうなづき、すでにカフェの出口にいる妻と子どものところに向かっていった。

夫は一切気づいていない。こういった哀しみが奥様に積み重なっていっていることを。どんどん夫に期待しなくなっていることを。この人には言っても無駄といった性格の不一致カテゴリーに振り分けられていることを。この結婚に満たされていないことを。

ある受講生の離婚に至った経緯を思い出した。
受講生は結婚10年目にリストラにあってしまう。帰宅してそのことを伝えると妻は心配するどころか「生活の責任はあなたでしょ。あなたの親に借金してでもちゃんとしてよね!」と言い放ったと言う。受講生は妻のこの一言で離婚することを決める。ここだけ聞けば、なんて冷淡な妻なのだろうと思うが、冷淡な妻になるだけのだんだんと積み重なった諦めや哀しみがあったんじゃないかとも思う。そして、そんなだんだんと積み重なっている妻の諦めや哀しみに受講生は気づかずに過ごしてきてたんじゃないかと。

カフェで見かけた奥様が夫に自分の本当の気持ちを話す機会はめっきり減るだろう。溝が深まっていくがそんな素ぶりは妻は夫には見せないし、夫は家族を見ていないから何も気づかない。さらに二人の心の距離は離れてしまうだろう。

以上、今回は全て私がcafeで過ごした10分程度の間に個人的に感じたことです。全く違うかもしれない。しかし、強ち外れてないとも思う。
こういったケースがあると仮定して気づけることがあればそれはそれでいいと思い書いてみました。あなたは大丈夫かしら?