やる気が起きない 後編

感情の取り扱い事例
やる気が起きない理由はコレだった

やる気が起きない受講生が次の講座に現れた時はまだ部署移動の申し出をしていなかった。

問題の解決には2種類の方法がある。
ひとつは対処法だ。解決法を探り、即時的に解決していくこと。今回の場合、なぜ「うまくいく気がしない」かはさておき、移動を申し出てみるというものだ。申し出方を戦略的に考え、対処していく行動レベルでの取り組み方。

もうひとつは、なぜ「うまくいく気がしない」かに取り組み、部署異動に関わらず、人間関係や仕事、将来の夢などあらゆることの根っこに取り組んでいくbeingレベルの取り組み方

緊急を要する場合は、行動レベルでの対処を最優先にし、落ち着きを取り戻してからbeingレベルに取り組んでいく。この場合、充分にbeingレベルの取り組みをする時間があった。

「うまくいく気がしない」をアドラーのワークで深めていった。
そのワークとは、

・私は〜な人です。
・世の中の人たちは〜な人たちです。
・私は〜しなければならない。

といった3つの質問の「〜」の部分に答えをいれるその人の世界の全てがわかるというもの。

すると、受講生は以下のように答えた。

・私は自分の欲望に正直でない人です。
・世の中の人たちは自分の欲望に正直な人、自分のことを大切にしている人です。
・私は世の中の人のように自分の欲望に正直で自分のことを大切にしなければならない

ワークに答えると、受講生は小さい頃の出来事を語り始めた。

小学校4年の頃、合唱団の試験に合格した。いよいよ入団間近となった時、母と一緒に行ったデパートで「この洋服を買ってあげるから、入団を諦める」よう母に言われた。きっと経済的に余裕がなかったんだろう。そんな感じでやりたいことを経済的に諦めたことがちょこちょこあったと。

合唱団に合格した小学校4年の受講生はさぞ誇らしかっただろう。側から見ても入団を小4の受講生が待ち望んでいることは有り有りとわかったはずだ。どんな理由があったかは別にして、当然、受講生の母も入団させてやりたかったはずだ。でなければデパートに連れて行ってわざわざ交換条件を出さない。母は入団を諦めることを伝えきれずに悩んでいたからこそ、考えた挙句の決断だったはずだ。ただ、小学4年生の受講生のショックは計り知れないものがある。あまりのショックにただただ洋服を買ってもらい、母の言葉に何も抵抗できなかっただろう。

やる気が起きないという人は自分以外の都合によって全ての努力が水の泡になるといったことを繰り返し経験していることが多い。例えば、せっかく努力して友達を作ったのに父の転勤ですべてがまた0からのスタートとなったり、部活で頑張っていていよいよ大きな大会という時に親の事情で部活どころじゃなくなってしまったり。

要するに、せっかくコツコツやってきたのに、自分じゃない他の理由によって全てがもう一度ゼロからになってしまうことを何度も繰り返すと、コツコツ努力を重ねることが無駄になりそうで、そんな無駄を回避しようとする。なぜなら、努力して時間とエネルギーをかけても、一瞬でダメになる虚しさを二度と味わいたくないと感じているから。虚しさを味わうことを回避するために、行動に移すことを制御して自己防衛する

皆さんも経験があるだろう。例えば、掃除しなけれなならないと思っていてもソファーに根が生えたようだったが一念発起して「本棚だけ!」と重い腰を上げて動いてみたら、どんどんやる気が湧いてきて、部屋の掃除が完了してしまったみたいなこと。意欲は動くことで湧いてくる。しかし、動かなければどんどん動けなくなくなっていく。その上、動こうとしない自分を「だらしない」とか「ダメな人間」と責め続ける。自分責めは疲労を生み、身体も心も重くなって更に動けなくなっていく。
やらなければいけないのはわかっているのに、やる気がなかなか起きない。後悔するとわかっているのに行動に移せない人は失望感や虚しさを回避するために、行動しない選択をしていることがある

この受講生も親の都合でやりたいことを何度も諦めざる得なかった経験をしていたと話してくれた。やってダメだったのではなく、自分じゃない他の理由で、全てが泡と消える経験をしたことで無力感を学習してしまったんだ。小学校4年生、10歳の時の受講生はよく耐えた。よく頑張って乗り越えたね。

しかし、それを大人になった今でも手放さず、現在に良くない影響を与えているとしたら、頑張って耐え、乗り越えた10歳の自分がかわいそうじゃないのかな。あの時は小さかったから仕方なかった。子どもの自分はどう対処したらいいかわからなかった。しかし、あなたはもう自分で決め、自由にやることができる充分な大人になっている。あの時の自分が今の自分を見ている。

10歳の自分に「頑張ってたね、もう大丈夫だよ」と伝える時がやってきている。やってダメでも経験値は確実に上がる。やった分、自分は確実に伸びる。あの時の自分に誇れる自分になるチャンスなんだ。