やる気が起きない 前編


感情の取り扱い事例
やる気が起きない。

受講生は友人が定年退職する日が決まったことを聞いてから心がざわついていた。自分の定年の日も決して遠くないからだ。足掛け3年コーピングを受講生ている中、様々なBを緩めてきたが、繰り返し出るテーマは「やる気が起きない」だった。

プライベートは気が楽で充実しているものの、仕事では「何をしていいかわからない」と感じていた。受講生は会社に30年以上勤めているベテランで、その会社で大活躍していたのに病気になって手術入院したことをきっかけにして少し歯車が狂ってしまったかのように感じていた。そう感じていた矢先に営業部への移動。少しの狂いが段々と大きく歪みを生んでいるようだった。

何度か「こうしよう!と思うんだけど、一歩が踏み出せない」といった感情は誰にでも経験があるだろう。これじゃダメだ!どうにかしなければ!と思うほど、足が動かなくなっていく。

考えるべきポイントは、「踏み出せない」ことに潜むメリット。4nessコーピングではcan notはdon’t wantに置き換えて考える。「踏み出せない」を「一歩を踏み出したくない」と捉え直すと、本当にやれるかが不安だから一歩踏み出したくないといった感情が出てきた。「こうしよう!」と思った先が確実にそうなるといった実感が持てないと言う。例え、やりたいものが見つかっても、やれるかの不安が付きまとうので重い腰が上がらないし、そうこうしているうちにその気も無くなってしまう。受講生は、『やる気が起きない→やる気を出せるものを見つける→やれる気がしない→行動しない→やる気が起きない』を繰り返していた。

こういったループにはまっていまっている人は決して少なくない。とても苦しいはずだ。現代人の多くの人は『自分が本当にやりたいことは?』といった罠にはまっている。なぜなら、自己啓発本などに書かれている成功のノウハウのひとつは「成功したければやりたいことをやれ!」だからだ。唸って考えたからって自分が本当にやりたいことはわかるものじゃないから、なかなか見つからない。それどころか、「本当にやりたいことが見つからない」が「チャレンジしなくていい」と直結していて、傷つくことを回避するために先延ばしや何もしない言い訳になっているケースも多い。

そういったループにはまってしまっている場合、やらないメリットやってしまったデメリットを確認する必要がある。

この受講生のケースだと、やらないメリットよりやってしまったデメリットを強く意識していた。やってしまったデメリットは「やって失敗したら自分をもっと信じれなくなる」といったものだった。つまり、自信を失い、自分の価値を自分で信じれなくなってしまっている状態なのだ。

自分の価値といったものにはふたつの考え方がある。
ひとつは例えば、あなたが営業会社の社長であれば、明るく外向的な人の方を価値があると感じ、採用するはずだ。しかし、外向的で会社には価値がある人はもしかしたら、友人からは「ちょっと付き合いにくいよね。。。」と言われているかもしれない。となると、その人の価値は目的に合った人かどうかになる。

もうひとつの価値は、誰がなんと言おうが「これが私の価値だ」と自分が思える価値だ。誰にもわからないかもしれないが、「ここがいいとこなんだよねぇ」と思えること。

ひとつ目は他者から認められる価値(他者承認)で、ふたつ目が自分で認める価値(自己承認)となる。

受講生が求めていた価値はひとつ目の他者承認で、だからこそ「やれる気がしない」んだ。他者が求める価値はそれぞれで、全てを満たすような価値は無いから。例え、だれかの他者承認を得れたとしても、それはまるで香水のように時間が経てばその香りはいずれ消えていく。

自信がない時ほど、人は他者承認を求めてしまう。自分の存在の希薄さを感じて、誰かの「すごい!」「さすが!」「OK!」の言葉によって自分を確認したいと欲してしまうから。しかし、他者承認を目的とした行動は裏切られる。何度も書くが、人の価値基準はそれぞれ多様で満たすことは不可能だから。優秀な受講生は他者承認では満たされないことをうすうす感じていたんだと思う。だから、他者承認を得るための目的には重い腰が上がらなかった。

重い腰が上がらない時はある。それは興味がないサインかもしれない。眠気を感じる時は飽きてしまったサインのように。そこに正直になる時があってもいいんだよ。いつもいつも努力してなければならないわけじゃない。興味ないものはないんだし。興味がないとわかってさて、どうする?の方が大切だ。

本当にやりたいことじゃなかったと意識で理解できたら、次は『やりたいこと探し』じゃない。本当にやりたいことは、やるべきことや、今やれることにしっかり取り組んでいるときに見つかるものだ。

受講生で言えば、「今の部署でしっかりやるべきことをやる」ことがやれることでもあった。しかし、そんな話をした瞬間に受講生の顔が曇った。余程、病気後に移動した今の部署では意欲がわかないことが曇った顔がハッキリと語っていた。そして、「今の部署は居心地が悪い。会社の役に立ってない気がする。」と口にした。

本当にやりたいことが見えた!受講生がやりたいことは「やってきた、実績があるやりたい仕事の部署に戻してもらい、退職までの年数で会社に恩返しすること」だ。「実は定年退職までの数年で形になるものがあるんじゃないか…と思っている」と。

30年以上勤めた会社を今のままの状態で終わることには、心残りがあったんだね。だったら今、受講生がやれることは上司にその気持ちを伝えることだ。

大人な受講生は、部署異動を申し出ることは、今の仕事から逃げ出すこと、出来ない言い訳になるんじゃないか⁈と自分をずっと責めていたから、意欲がどんどんなくなっていってたんだ。辛かったろう。

自分を責めること、自分に辛く当たることが自分を強くすることだと私たちは誤解しがちだが、それは違う。そんなことをしていたらどんどん疲弊し、どんどん意欲が無くなっていく。

受講生の本当の気持ちは、「30年やってきた経験を活かして会社に貢献したい」だったんだ。そのやりたい気持ちに正直になってみることがチャレンジとなる。もちろん、部署異動を希望したからってそれを決めるのは会社だから移動できるとは限らない。しかし、受講生がそう感じていることを受講生が伝えなければ、その想いは存在しないことと同じになる。

私からのアドバイスは
・出来ない言い訳と捉えられても仕方ないんですが、
・身勝手なお願いと承知して伝えます。
など、懸念を先に伝えること。そう伝えた上で、移動を希望する部署で定年退職までの時間、成果を出して会社に貢献したいと正直を伝えること。

私たちにはここまでしか出来ない。しかし、ここまではできる。やれることをやったら、あとは天に任せるしかない。結果が出た時にまた考えよう。今、そうしたいとわかったら、出来ることをやるだけやってみよう。それでいいんだ。自分だけの働きかけで結果が出るものとそうでないものがある。それは仕方ない。だから今、自分がやれる最大をやる

受講生が上司に口頭で伝えたか、手紙を書いたか、はたまた伝えていないのか、今の時点では私にはわからない。しかし、受講生の瞳には力が宿っていた。ハッキリとした意欲が見えた。大丈夫、一歩踏み出してみようよ。例え移動できなかったとしても今と何も変わらない。
しかしきっと、何かが動き出す。